松本一男『張学良』

 張学良の伝記小説。

 満州の軍閥・張作霖の跡継ぎだった学良は、戦前「日本」の運命を決定的づけた人物だと思っている。

 怒涛の勢いで北伐に邁進していた蒋介石も、近代中国のあるべき姿を明確に描けているわけではなかった。

 「日本」は、天皇制というトリックを用いて、国民国家創出に「成功」したが、中国にそんなトリッキーな装置は存在しないから、ヨーロッパ・日本の侵略に抵抗しつつ、国民レベルでのナショナリズムを形成すべきだった。
 孫文はそれを見抜いていたから、反侵略という論理からの「国民」意識形成を考えていたと思う。

 中国の指導者として、袁世凱は論外の人物だったから、蒋介石は民族の希望を集めたはずだが、彼にとって第一に重要だったのは、自分のヘゲモニーの確立だった。
 それは彼の致命的な弱点だった。

 「日本」は天皇の絶対的な権力を法的に確立したが、実際の権力は維新の元老たちが握り続けていた。
 蒋介石が希望的存在だったのは、民族が団結するシンボルである限りにおいてであり、彼が独裁者化することなど、誰も望んでいなかった。
 蒋介石が独善的・独裁的な方向を出せば、配下に下った軍閥も民衆も、彼の支持者ではありえなかったのである。

 西安事件に周恩来がどの程度関わっていたのかはわからないが、ここで国共合作が実現したことによって中国のナショナリズムが確立した。
 ここに至って初めて、中国の国民国家が成立したともいえ、それはまた、河北以南への侵略的意図を明らかにしつつあった「日本」にとって致命的な事態だった。

 このことの意味を理解できなかった「日本」の指導者たちは、日中戦争の泥沼に落ち、「大東亜戦争」による破滅へと押し流されていったのである。

 西安事件がなければ、中国の内戦は今しばらく続いただろうし、「日本」の敗北はもう少し先になった可能性が高い。
 そうなれば、蒋介石の運命もずいぶん早く、尽きていたかもしれない。

(ISBN4-12-201824-2 C1123 P560E 1991,7 中公文庫 2015,2,12 読了)

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