中堀豊『Y染色体から見た日本人』

 男性を決定する染色体であるY染色体は、父系を通じて遺伝する。
 Y染色体は、女性には受け継がれないから、男子がいない時点で、その系統は断絶する。

 『イヴと七人の娘たち』はミトコンドリアDNAの解析によって、ヨーロッパ人が7人の女性の子孫であることを明らかにしたが、この本は、日本とアジア人のY染色体を調べることによって、日本人の系統的特徴を明らかにしようとしている。
 日本人の遺伝的特徴というテーマは、上記読書ノートに記したように、非常に興味深いテーマである。

 解析の結果、日本人のY染色体には、大別して二つのグループが存在することがわかった。
 著者はそれらを、縄文系・弥生系に措定している。
 その根拠は、東アジアに稲作農耕を行う同系統の存在するグループは弥生系と言ってよいのではないかということのようだが、妥当な推論だと思う。

 注目すべきは、日本人の中には、東アジアに同系統が存在しないグループが存在するという点である。
 著者はこの系統を縄文系だと言っている。
 東アジアに、縄文系=原日本人に近い遺伝的特徴を持つ民族が存在しないということは、原日本人が孤立した存在でない限り、東アジアでは既に滅亡した人々の子孫であると考えるほかはない。

 遺伝学的な記述は素人には取っつきにくいのだが、本書の最後には、記紀神話や古代日本語についての大胆な推論が展開される。
 遺伝学的な知見で記紀神話を読み解く知的冒険は、心地よい知的刺激だ。

 飛鳥は、弥生人が侵入した奈良盆地と、縄文人が居住していただろう吉野〜熊野一帯の山岳地帯との接点である。
 古代以来、吉野は、反逆者らの拠点となった地でもあった。

 Y染色体の分析結果を、飛鳥〜吉野〜熊野という地政学を解くのに援用したら、いくら何でも飛躍しすぎだろうが。

(ISBN4-00-07450-4 C0345 \1200E 2005,9 岩波科学ライブラリー 2009,9,16 読了)