不破哲三『マルクスは生きている』

 カール=マルクスの思想が今なお有効であると主張している書。

 資本主義経済の不条理に関する告発として、マルクスの研究が有効だという点についての異論はないが、社会の「発展」という従来の概念については、もはや崩壊したと思っている。
 この本でも、信仰にも似た従来型の「社会発展」は主張されていない。

 経済や歴史を弁証法的に解析する方法が史的唯物論である。
 もちろんこれは方法であって、歴史そのものではないから、高度に抽象的な理論である。

 歴史は、それぞれの時代に生きる人間の実像に、どれだけ迫れるかという学問であろう。
 科学的ということは体系的ということだと思うが、歴史の目的は過去の抽象化ではない。

 生産活動なり階級闘争なり、人間のもろもろの営為が社会を変革する場合もあるが、そうでない場合もある。
 よりよい暮らしにつながる営為もあるが、多くの場合、人生の大部分は、現状を維持し、社会的な責任を果たすことで終始する。

 歴史を抽象化することにどれだけの有効性があるのか、根本的な疑問がある。

 著者は著名な政治家だが、有数のマルクス研究者でもある。
 本書に占める史的唯物論への論及が、意外なほど少ないのは、いわゆる「社会発展」史の意義が融解しつつあるからだろうか。

 それとも、従来の「社会発展」史は一種のドグマに過ぎず、マルクスが考えていた社会の変化や歴史的人間は、もっと可能性に満ちたものだったとでもいうのだろうか。

 マルクスの時代は、歴史に関する合理的な説明が求められていた。
 しかし今、歴史の抽象化を急ぐべきでない。
 歴史の不条理は不条理として受け入れなければならないし、無価値と思える営為を切り捨てるべきではない。

 非合理を認めなければ、合理主義も合理的ではありえない。

(ISBN978-4-582-85461-9 C0210 P720E 2009,5 平凡社新書 2009,7,27 読了)