宮本常一『塩の道』

 行動する民俗学者の講演集。
 表題作を含め3本の講演が収められている。

 最も興味深いのは、表題作の「塩の道」だった。

 日本は山岳列島だから、塩を入手するためのルートが必要なのは当然である。
 『八ヶ岳の三万年』に、黒曜石交易ルートの存在が示唆されているが、塩がなければ人間は生きられないのだから、黒曜石の道と塩の道は、相当部分で重複していた可能性が高い。

 著者によれば、塩の道には、ローカルルートと幹線ルートがあったらしい。
 ローカルルートは、河口部と上流部とを結ぶルート。すなわち川の道である。
 2008年に釣行した三面川あたりは、そのようなルートが存在した。

 幹線ルートがなければならないのは、内陸深くに多くの人が暮らしていた関東・中部の山間部だった。
 前記『八ヶ岳の三万年』の著者は、のちのマタギ道を内陸幹線ルートに比定していた。
 それだとルートは、尾根道になる。

 尾根道は、人間の移動ルートとしては、理にかなっているのだが、物資の搬送には適さない。
 ものを運ぶルートは、船が使える川沿いの道が選ばれるはずである。
 さらに言えば、大河川中流部の河岸までは舟運で、その先は人(馬)が通行しやすい峠道を使うのが一般的だっただろうと推察される。

 列島の地図に塩の道と狩りの道を落としてみれば、列島におけるネイティブな交通ルートを描くことができる。
 ネイティブな、というのは地理的な理にかなっているという意味でもある。

 身の回りでも、生活の道だった峠道が消滅しつつある。
 これもまた、理にかなった暮らし方が消滅しつつあることのあらわれである。

(ISBN4-06-158677-7 C0139 \720E 1985,3 講談社学術文庫 2009,3,12 読了)