笹山尚人『人が壊れてゆく職場』

 労働問題を手がける弁護士による、労働問題事件簿。

 2008年7月に出た(従って執筆はそれよりずっと以前である)本だが、同年12月末現在、急激な経済の悪化に伴って、「雇い止め」や「派遣切り」などワーキングプアに属する人々が深刻な危機に直面しつつある。

 本書に紹介されている事例同様の事件は、至るところで発生している。

 政治家・官僚・御用マスコミに、危機感は全く感じられない。
 NHKは、去る12月14日の討論会に労働政策審議会委員の奥谷禮子を出席させ、言いたい放題の発言をさせた。

 彼女は、

「格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう。能力には差があるのだから(中略) 下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものかと」
「経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めてこれは、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒(中略)挙げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい」
「祝日もいっさいなくすべきです(中略)労働基準監督署も不要です。個別企業の労使が契約で決めていけばいいこと」(J-CASTニュース)

などとのたまっている人である。
 NHKの別の番組では、解説委員という肩書きの人が、今必要なのは道路工事などの公共事業だなどと、まじめに語っていた。

 戦後の労働法制は、働く者の尊厳をいかにして守るかというモチーフを基本に構築されたと思う。
 1990年代以降、日本の労働法制の変容は、労働者の奴隷化に向かって進んできている。
 奥谷禮子などはさしあたり、奴隷商人として財をなした人物である。

 政府は、いくつかの対策を講じようとしているが、そのほとんどが、期間・派遣労働者を放り出した企業への各種奨励金なのだから、恐れ入る。
 内部留保という形で利益をため込む一方で、企業は株主のものであるとして多額の配当を出しているにもかかわらず、プライドをもって働いている労働者を、一枚の書類だけでゴミのように捨てる、近年の企業倫理は、モラルハザードの最たるものである。

 この危機的な状況にあって、労働者が自分を守るにはどうすればいいのか。
 今、必要なのは、無策な政治家を信じないこと、闘う労働組合を作ること、法律家や各種市民運動と連帯することなどだろう。

 ヨーロッパでは、若者を中心として無策な国家への叛乱が起きつつある。
 日本でも遅かれ早かれ、そういう事態が訪れるのではないかと思う。
 しかし、犠牲は少ない方がよい。

(ISBN978-4-334-03462-7 C0236 \760E 2008,7 光文社新書 2008,12,25 読了)