笠原十九司『南京事件論争史』

 1937〜1938年にかけて起きた南京事件(南京大虐殺)が、日本人にどのように受け止められてきたかをまとめた書。


 南京事件の隠蔽工作は事件発生直後から始まった。
 それでも、東京裁判で中支那方面軍司令官松井石根が死刑判決を受け、日本はその判決を受け入れた。

 南京事件が広く知られるようになったのは本多勝一氏の『中国の旅』以来だと思う。
 しかしその後、南京事件を否定する論説が登場し、幾多の論争を経て現代に至っている。
 日本軍はのちの証拠となるべき史料を徹底的に廃棄したが、論争を経る中で多くの史料が発掘され、学問的な研究が蓄積されてきた。
 そして、南京事件否定説は、ほぼ完璧に否定された。

 ところが、近年の動向を見ると南京事件否定論がいまだ横行している。
 一度学問的に否定された説を反論せずして述べ続けるとか史料を改竄するというのは、常識的にはあり得ないことなのだが、本書後半にはそのような例が紹介されている。
 また小さなミス一つを見つけて学説全体を否定する方法は、これらの論者の常套手段である

 もちろん、ミスがあって良いということはない。
 しかし、学問的な論争とは本来、もっと生産的なものである。

 南京事件否定説は学問的な立場から出されたものというより、自民党・右翼言論界が組織的に行っている「嘘も積み重ねれば真実になる」式のプロパガンダである。

 プロパガンダは、それが存在することに意義がある。
 現に文部省の教科書調査官は、否定説が存在する以上、南京事件の真偽については学問的に未決着であり、「南京大虐殺」として教えるべきではない、と言い始めている。

 著者を始め、南京事件研究者がこれらに対してていねいに反論し、研究成果を積み重ねておられるのには、頭が下がる。

(ISBN978-4-582-85403-9 C0221 \840E 2007,12 平凡社新書 2008,3,6 読了)