宇江敏勝『森をゆく旅』

 西口親雄『木と森の山旅−森林遊学のすすめ』や井原俊一『日本の美林』など、森林紀行を何冊か読んできたが、学者による著作よりずっとリアルに、森が見えてくる本だ。

 植生や動物・昆虫相を調べて生態系を解析することによって、確かにその森の自然が読めてくる。
 それはそれで、愉しいことだ。

 だが日本に、人の手の入らない森などない。
 したがって人為という要素抜きに、日本の森林生態系は語れないはずだ。

 熊野に住まわれているという著者の作品だから、ここに登場するのはほとんどが近畿地方以西にあり、しかも森と人とが生活を通して不可分につながっているような森ばかりだ。

 著者は、それらの森で、人がどのように暮らしてきたかを読み取ろうとする。
 そのまなざしは、森に残された人為の痕跡や今なお森とかかわりながら暮らす山里の民にそそがれている。

 日本という国は、気候的に多様であるだけでなく、古来からの支配関係や文化圏などによって無限に多様な地域性を持っていた。
 百の山里があれば、百の文化が存在した。

 これを一律に論ずることなど、現実に対する不遜以外の何ものでもないのだが、近代国家は、行政の効率の名の下に、地域の個性を否定しようとする性癖を免れない。

 美しい日本を維持するためには、政治というものは、各地に存在する個性的な森と文化にじゅうぶん配慮しなければならないはずなのだが、今の為政者はたぶん、何もわかっていないだろう。

(ISBN4-88008-232-5 C0095 \2060E 1996,11 新宿書房 2007,8,29 読了)