網野善彦『古文書返却の旅』

 歴史学の研究素材(史料)の重要な柱が文献であることに、大きな異論はないだろう。
 わたしも学生時代に、まことにささやかながら史料調査を手伝わせていただいた経験がある。

 わたしが対象としていたのは近世〜近代文書だったが、埃の匂いのする土蔵から虫の食った文書を運び出し、概要をカードにとって封筒に入れ、目録化するという作業や、熟読したい文書はマイクロフィルムで撮影する作業などをおこなった。

 コピースタンドのような機材を大学から借用して現地に持参することのできる時代だったから、研究用に史料を借用するということは経験しなかった。
 自治体史(福島県棚倉町・埼玉県寄居町)編纂のお手伝いをしたときには、事務用コピー機が普及していたので、事務局が史料を借り出してコピーすることもあったが、史料は所在地からなるべく動かさないというのが原則だったと思う。

 著者らが水産庁の委託によって漁業史料の収集にあたられた戦後まもなくの時期における、作業の困難さは想像するにあまりある。
 写真機などの撮影機材がないのだから、史料の副本作成は筆写に頼るほかない。
 だが、古文書の筆写とは、そう簡単な作業ではない。

 わたしなど、ろくに解読能力がないものが筆写しようとしても、読めない文字ばかりで何の役にも立たない。
 思えば、マイクロフィルム化された文書を湿式プリント(?)したものを終日眺めて暮らすうちに、わからなかった文字が少しずつわかって来るというような非能率的なことをしていたのだからお話にならない。

 だが、どんなに優秀な筆耕者であっても、山積した文書を前にして怯む気持ちのない人はいないだろう。
 まして虫に食われてぼろぼろになり、硬く固着してしまった文書を剥がし、修復しながら文字に起こすなどというのは、気の遠くなるような作業である。

 それらの作業を数日間で終了するなどもちろん不可能だから、著者らは史料を借用せざるを得なかった。
 しかし史料の借用には、重い責任が伴う。

 期限までに返却するのは当然として、借用した史料からわかる限りの歴史を掘り起こし、所蔵者・地域の方々をはじめ国民に史実を明らかにする義務を、研究者は負う。
 それは所蔵者に対する義務であるだけでなく、永い過去を生きてきた先人に対する責任でもある。

 それが果たされていなかったのだから、著者らにとってさぞ重いものだっただろうことが想像される。

 人生の過半をはるかに過ぎた元歴史学徒に過ぎないわたしだが、歴史を学ぶ上での基本的な姿勢について、改めてしっかり教えていただいたような気がする。
 歴史を学ぶ若い人々にはぜひ読んでほしい本である。

(ISBN4-12-101503-7 C1221 \660E 1999,10 中公新書 2007,1,15 読了)