吉見義明『従軍慰安婦』

 従軍慰安婦設置の経過からその実態、さらに慰安婦問題の戦後処理について史料に基づき概観した本。

 従軍慰安婦については現在のところ、高校用の歴史教科書にもわずかに記載されているが、おぞましいこの実態といまの政治のトップが考える「美しい日本」とはあまりにもかけ離れているので、この記述が今後どうなっていくかについては、予断を許さない。

 従軍慰安婦問題に対する日本政府の公的見解は1993年の河野洋平官房長官談話である。
 この談話で政府は、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」と指摘した上で、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」との決意を述べた。
 教科書の記述がこれを反映したものであることはいうまでもない。

 しかし早くも閣内(下村博文官房副長官)から河野談話見直しを提起する発言が出されており、ネットワークでは従軍慰安婦=捏造説が声高に叫ばれている。

 従軍慰安婦肯定論もみられるが、これは説得力に欠けるからほぼ無視してよい。
 一方、捏造説は「政府や軍の関与はなかったか微少だった」とするものや「強制はなかった」とするものがほとんどである。

 1995年に刊行された本書においてすでに捏造説は論破されていると言えようが、従軍慰安婦は戦争当時国際的に違法な存在だったことは当局も認識していた。
 従軍慰安婦問題に限らず、日本の戦争犯罪に関する資料が少ないのは、敗戦後当局が資料の隠滅をはかったからだということが本書においても指摘されている。

 かつての日本が犯罪国家だった事実を知ることは、重いことだが、日本を否定することではない。
 祖国をこのような「醜い日本」にしないために、史実を知ることを避けるわけにはいくまい。

(ISBN4-00-430834-2 C0221 \640E 1995,4 岩波新書 2007,1,5 読了)