佐藤洋一郎『クスノキと日本人』

 特定の樹種が古い文献上で何度も特筆されているというのは、ただならぬことです。
 古代王権あるいは古代の地方政権にとって、クスノキがどのような意味を持っていたのかを追求した書。


 わたしは歴史にも関心があるので、たいへん興味深く読みました。

 文献上のクスノキは、まず何よりも、巨樹としてあらわれます。
 関東山地の山里に住んでいますので、おおむね暖地の海岸べりに自生するクスノキを身近で見かける機会はほとんどありません。

 先日、和歌山県熊野一帯で遊んだ際に見たクスノキは巨大なものでしたが、これよりはるかに巨大なクスノキが各地に残されているそうです。
 現存する巨樹は、古代にはすでに大木だっただろうと思われます。
 古代日本には各種巨樹が存在したでしょうが、クスノキの巨樹もまた、伊豆から西南日本にかけて広く分布していたのでしょう。

 もう一つは、クスノキと丸木舟の関係です。
 古文献には、クスノキで造られた舟が速く走るという記述が、重ねて出てくるそうです。

 材を組んだ大船が建造されるまでは丸木舟が使われていたと思われますが、それらの舟は、モノや人の輸送に大きな役割を果たしていたはずで、財や権力の一環だあったと思われます。

 日本人は、原日本人とさまざまな渡来系民族との混血によって成立したと思われます。
 丸木舟によって渡来した中に、クスノキの利用に長けた南方系の人々がいたということも考えられそうです。

 著者はまた、崇拝の対象でさえあったクスノキが伐られるようになった応神・仁徳朝に王権の交替があったのではないかという仮説を出されています。
 この時期の王朝交替については、はるか昔に水野祐先生が提起されていたわけですが、その論拠は、クスノキに対する態度の変化に着目されたものではありませんでした。

 ある樹種がどのような扱いを受けていたかという点が、政権の連続性という歴史上の画期を考える切り口になるということ自体が、じつに新鮮でした。

 樹木に関する古文献の記述や古樹・古木片のDNAを調べることによって、古代史に新しい論点がつけ加わると面白いですね。

(ISBN4-89694-848-3 C0045 \2600E 2004,6 八坂書房刊 2006,9,14 読了)