本田靖春『評伝 今西錦司』

 論文「イワナ属−その日本における分布」(1967)を書いた今西錦司とは、どういう人なのか、という関心から、この本を手にとりました。

 この論文が、魚類学の中でどのように位置しているのか、十分に理解できているわけではありませんが、多大な知的刺激を受けつつ、大いに共感を持って読んだことは、確かです。

 共感させられたのは、ひとつには、このイワナ研究が、釣り人の目の高さから書かれていたことが、あげられるでしょう。
 科学の方法として、ひたすらミクロな世界を追及する分析が重要であることはまちがいないのですが、それによって得られたミクロな結論に、どういう意味があるのかという気がします。
 わたしが学んだ歴史学にも、同じことが言えます。

 イワナの地域変異間の、遺伝子的な相違を明らかにすることはもちろん、有意義な研究だと思います。
 しかし、一見してわかる外見上の相違(形態差)について、系統的に明らかにすることの方が、普通の人にとって、よりわかりやすいのです。
 そして、わかりやすいということは、基本的に、正確であるということと、同義だと思います。

 その形態差があらわれた要因は何であるのかを、グローバルに構想することは、知的冒険に近い、愉しみを伴う研究です。
 前記今西論文からは、視野の広さと構想することの愉しさとを、感じとることができました。

 この評伝を読むと、この人が、経済力と体力と組織力と統率力と強靱な思考力のすべてに恵まれた天才だったということが、よくわかります。
 どのような分野の学問にもいえることですが、これから出てきてほしいとわたしが思うのは、(せめて原生林一代くらいのスパンを持つ)長い視野に立った、強靱な総合力です。
 刻苦精励しつつなし遂げるというのでなく、今西氏のように、愉しみながら、それができれば、最高なんですが。

(ISBN4-635-34006-6 C0023 P1900E 1992,12 山と渓谷社刊 2001,3,19 読了)