萩原好夫『八ツ場ダムの闘い』

 埼玉県秩父地方では、1996年秋現在、三つの大きなダムの工事が進行中です。浦山川の本流を水没させる浦山ダムは、すでに堰体は完成し、試験湛水に入っています。

 小鹿野町の藤倉川をせき止める合角ダムの堰体もほぼ完成し、中津川の滝沢ダムはいよいよ本体工事に入ろうかというところです。
 これら地元のダムの目的と実際、ダム建設に至るいきさつなどについて、ほとんど知りませんでした。

 群馬県の川原湯が八ツ場ダムに沈むということは、以前聞いたことがありました。そうなったら、川原湯の温泉街はどうなるのかな、と思った記憶があります。
 近くの王城山に登った帰り、川原湯の公衆浴場、王湯に立ち寄りました。小さな、気持ちの良い温泉でした。

 ニフティサーブのFYAMABCでこの本を紹介していただき、読んでみて、日本という国で、ダム建設と闘うことの困難さを痛感しました。
 国家にとって、いったん決定された政策は、どのような計略を弄し、どれだけの時間をかけ、どれだけの経費を費やそうと、実行されなければならないものなのですね。

 決定された政策を実行するために、官僚が動員されます。官僚とて人間ですから、質のいい人もいれば、軽蔑すべき人もいます。ひとりの官僚が異動しようと退職しようと、彼の代わりは無限にいるわけですから、民衆が官僚と長期戦を闘うのは、気が遠くなるくらいに勝ち目がなく、消耗なことにならざるをえません。

 この本は、四十年にわたって建設省・県・町と闘い続けてきた著者の回想と総括です。
 この本の中で、著者は、ダムの必然性についてはほとんど分析されておりません。というより、著者はダム建設に反対の立場ではなく、悪いことばで言うなら、「条件闘争」派であるわけです。
 にもかかわらず、著者が建設省の官僚や政治家に絶望し、国家への勝ち目のない闘いを挑みつづけているのは、それほどに国家が民衆を無視し、愚弄していることへの怒りが根底にあるからだと思います。

 ところで、よく考えてみれば、一地方で同時に三つのダムが建設されるというのは、おそるべきことですね。そのことに十分な関心を寄せてこなかった自分の不敏が情けなく思われます。

(岩波書店 ISBN4-00-002315-2 C0036 P2000E 1996,2月刊 1996年11月15日読了)