井原俊一『日本の美林』

 私は、森というものは、程度はどうあれ、美しいと思います。
 特に貴重だといわれる、特定の森や特定の木を保護すれば良しとするがごとき考えには、賛成できません。

 でも、私のような一般市民が森や山を歩いていると、特に心に残る森や木があるのも、事実です。
 あえて「美林」というタイトルがつけられたのは、どういうことだろうな、と思って読み始めました。

 この本には、北海道から沖縄に至る、21ヶ所の森が紹介されています。
 著者にとって、「美林」の根拠は、「自然のドラマと人間の歴史が刻まれている」森、ということのようです。
 私にとって、心に残る森も、そのような森です。

 ところで、21ヶ所の「美林」の中に、「奥秩父・コメツガ原生林」があげられているのは、とてもうれしく感じました。
 むさぼるようにして読んだのは、いうまでもありません。

 著者は、十文字峠に出かけたようです。
 中津川の集落を抜けて、中津川沿いを走り、三国峠を越えて、川上村に至る道は、中津川林道。
 近年、村道に昇格したといううわさも聞いています。
 この林道によって、中津川が受けたダメージははかりしれません。

 林道が三国峠への登りにかかってしばらくで、源流大ガマタ沢の左岸高く走る大ガマタ林道が左に分岐します。
 この林道にはゲートがかかっているので、一般人はここで通行止めです。
 ちなみに、大ガマタ沢には、崩壊した上に、植・育林の際の遺物が散乱しているので、釣りにはなりません。

 十文字峠周辺は、コメツガやシラビソなど、黒木の優先する樹林帯です。
 稜線上のそこここに生えているアズマシャクナゲが開花する6月頃は、普段は地味なあたり一帯が、いっきに華やぎます。

 しかし、奥秩父の代表的な植生として、十文字峠一帯をあげるのには、少し疑問が残ります。
 本書に引用されている、「太平洋側の山地を代表する森林で多様性が高い」という東大梶教授の言葉にもっともよくあてはまるのは、標高1000〜1500メートル前後の、中腹の斜面のような気がします。

 具体的には、東大演習林の滝川流域。
 モミやコメツガのほか、ブナ、ミズナラ、カツラ、トチ、ケヤキなどの巨木が、渾然一体となって生育しています。
 一見平凡な自然林に見えますが、このような森を見かけることは、少ないと思います。

 冬には、枯れ色の中に、点々と黒木の深緑。
 春には、新緑の中に、点々と黒木の深緑。
 秋には、黄紅葉の中に、点々と黒木の深緑。
 植林帯のパッチワークとはまったく異なっているのです。

 秩父の森を代表するのは、このような森だと、私は感じています。

(ISBN4-00-43516-0 C0235 \630E 1997,7 岩波書店刊 1997,12,16読了)