菊池勇夫『飢饉』

 多くの日本人にとって、人が餓死するという事態など想定できないようです。
 日本は食糧自給率が30パーセントなのですから、場合によっては国民の三割しか生き残れない情況が訪れる可能性があるのに、為政者は現状を何とかしようというとは思っていないようです。

 為政者は、グローバル化が進む中で、国際的な競争力を持たない日本の農業は淘汰されるんだろうと考えているのでしょう。
 しかしグローバル化の本質は、企業の経済活動の自由化にあるのであって、国家の壁は厳然として存在し続けています。

 気にくわない国に対する経済制裁がしばしば行われているのを見れば、日本が被制裁国にならない保障などない以上、生存の最低条件である食べ物に関しては自前で確保できるようにするのが、基本戦略でなければならないでしょう。

 日本人にとって飢えの記憶は、さほど古いものではないはずですが、戦中・戦後の食糧難の体験は、次の世代に伝承されることなく忘却されています。

 前近代の日本では、飢饉がしばしば発生しています。

 飢饉の多くは、天候不順などによる絶対的な食糧の不足ではなく、支配者により過剰に収奪されているところに凶作が襲った場合に起きるのが基本だったと思われます。
 江戸時代からは、それに加えて、支配者や大商人による投機が地域的な極度の食糧不足を発生させ始めます。
 比較的詳しい記録が残っている江戸時代の飢饉のかなりの部分は、投機によるものです。

 食は、投機の対象にも、政治的駆け引きの手段にもなります。
 生存の基本条件であるにもかかわらず、食糧の確保はとても危ういのが現実。

 日本人の食のワンパターン化も危うさの一因です。
 多様な食べ物が利用されている方が、危機には強いはず。
 多様な食の文化を継承することもまた、必要なのでしょう。

(ISBN4-08-720042-6 C0221 \660E 2000,7 刊 集英社新書 2006,3,30 読了)