山本素石『渓流讃歌』

 渓流釣りに来る中にも、いろんな釣り人がいます。
 人の性格が十人十色である以上、それは当然のことです。


 釣りを語る本は数多ありますが、わたしが読んで感銘を受けるのは、釣りを旅としてとらえている釣行記です。

 多くを釣ったとか大物に出会ったとか、釣行中どんな事件に巻き込まれたとかの内容でも十分楽しいのですが、読み手より書き手の方が楽しい思いをしていることにまちがいない以上、どこかに興ざめな部分が存在するのはやむを得ません。

 わたしはやはり、釣り人がそこで何を見、何を感じ、どういう魚や人と交歓して何を得てきたかを、叙情あふれる筆致で記した文章に惹かれます。
 実際の釣りに同行させていただいた釣り人としては、杉浦清石さんががそのような釣り人でおられました。

 この対談集の編者の山本素石氏も、釣り旅の達人であろうと思われます。

 わたしなどは、地元の渓を釣ることがほとんどですが、遠方に出かけることもたまにあります。
 そんな釣行では、単に魚を釣ったり山菜をいただくだけでなく、素石氏のように、渓魚を見つめ、渓のたたずまいを感じ、山住みの里人と言葉を交わし、それら全体を心に刻むといった釣りをしてみたいものです。

 本書に収録された、開高健氏や今西錦司氏のようなビッグネームとの対(鼎)談は、さほど面白くありません。
 そういう中で、熊谷栄三郎・切通三郎氏との鼎談では、渓流釣りの本質に迫る出色の議論がなされています。

 釣りの旅が芭蕉の旅に匹敵するくらいに、内容ある旅であるのが理想です。
 いつになればこのような味わい深い釣りができるようになるのか、そればかりは何とも言えませんが、ますます釣り人としての修行を積まねばならないと痛感します。

(ISBN4-651-78017-2 C0095 \1650E 1986,4 刊 立風書房 2006,3,15 読了)