奥田博『宮沢賢治の山旅』

 賢治の山を訪れてみたいという気持ちはずいぶん前からありました。
 でも、遠いから、いくつも登れないだろうなと思っていました。

 そのかわり、机上登山ができる本があればいいのに、と思っていたら、思っていたとおりの本に会えました。
 毎晩、一座ずつ、ねむり薬がわりに賢治の山に登り、半月ほどで読み終わりました。
 作品にでてくる山に、賢治自身が登ったのかどうかはわかりません。
 また、これらの山がなぜ作品に登場しているのかもわかりません。
 でも、作品を読みながら、これらの山々に対する、賢治の思い入れのありようをさぐり、そして実際に山を歩いて賢治を追体験する、というこの本は楽しい本です。

 昨年、「なめとこ山」が見つかりましたね。
 『なめとこ山の熊』は何度読んでも、悲しくて悲しくてしかたのない作品です。
 今のなめとこ山は、伐採によって無残な姿をさらしているそうです。
 賢治の山は、私たちにとって、いつまでも、夢のような山であってほしいけれど、現実には、植林の山だったり、住宅地になっていたり、自衛隊の基地の中にあったりするのです。

 私たちも、今の山の現実から、賢治が見たような夢を読み込みたいものですね。
 賢治が山に対したと同じような眼で山を見るならば、私たちにも、なめとこ山や種山ヶ原で、動物や植物や子どもや火山弾が、楽しく交歓しているようすが見えてくるかもしれませんね。

 この本にでてくる山のいくつかを歩いたことがあります。
 岩手山では、「ベゴ岩」がどこかにないか、探しながら歩いていました。
 元気なうちに、またいくつかには登ってみたいと思います。

(ISBN4-8083-0572-0 C0075 P1400E 1996,8 東京新聞出版局刊 1997,4読了)