香山リカ『ぷちナショナリズム症候群』

 現代日本の社会意識について、心理学から分析した本。
 わかりやすくて、たいへん興味深い。


 同じ著者の『いまどきの「常識」』のノートで、わたしが「軽くて正体のつかめない、妖怪のようなナショナリズム」と書いたものとは何なのか、みごとに分析してありました。

 社会意識をイデオロギーという側面からのみ考えた場合、サッカーのワールドカップやオリンピックでのニッポンブームは解けないように思っていました。
 これらの国際的なスポーツイベントのなかで、右翼的な、あるいは国家主義的な仕掛けがなされていたとは、とても思えないにもかかわらず、日の丸が振られ、若者らが顔に日の丸の落書きをして興奮する光景は、はたして何を意味していたのでしょうか。

 著者はここで心理学の概念である「切り離し」や「解離」というツールでその現象を切り分けてくれます。
 通常、幼児期や青年期に人格の中にため込まれるエディプスコンプレックスなる葛藤が蓄積しないと、自分の過去と現在を簡単に切り離し、現在を肯定することができるそうです。

 これによって、戦争責任というような重くて面倒な問題は「そんな過去のことをいつまでも言ってても仕方がない」という形で簡単にスルーできるというわけです。

 著者が提起しているもう一つの問題は、日本人の階層化がぷちナショナリズムの背景ではないかという点。 かつて総中流といわれた日本社会が今、少数の勝ち組と多くの負け組とに分裂しつつあることは、さまざまな指標から明らかです。
 しかも、かつて隠然と存在していた「機会の不平等」が、公然と社会を引き裂きつつあります。

 どうあがいても上昇できないと自覚せざるを得ない階層に属する人々も今、ぷちナショナリスト化しつつあります。

 フランスでは極右勢力が政治を動かすところにまで成長したわけですが、この秋、それに対し移民勢力による無秩序な暴力的反撃が行われました。
 石原慎太郎のような右翼ポピュリストが権力を握ったとき、日本でも同様の武力衝突が起きることは、想像できます。

 日本が分裂しない道は可能か、かなり悲観的にならざるを得ませんが、ここにこそ教育の存在意義があるのではないかと思っています。

(ISBN4-12-150062-8 C1236 \680E 2002,9刊 中公新書ラクレ 2006,1,13 読了)

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