ハンス=ウルリッヒ=グリム『悪魔の鍋』

 食のグローバル化を俯瞰した本。

 農産物や加工食品は、前世紀前半には、文字通り農業の産物だったのに対し、後半からは工業製品に近くなっていきました。

 農業は、人間の手を使って自然に働きかけるものだったのに、化学物質や放射線を使ったり、遺伝子操作などいわば神の手で自然に働きかけて収穫を得るものになってきました。

 その結果、どういうことが起きたのか、本書に「昔のリスクは五感で知覚できた。ところが今の文明リスクは知覚ではとらえられない」という、象徴的な言葉で指摘されています。

 グローバル化は、コストダウンという基本命題に沿って世界を覆いつつあります。
 優先されるのは資本の論理であり、安全性ではないことを肝に銘じておくべきです。

 安全性が配慮されなければならないのは、もしも重大な事故が発生すれば、メーカーや社会に多大なコストを発生されるからに他なりません。

 どのような製品の場合でも、コストダウンのメリットを享受するのは消費者でないことにも留意すべきです。

 自動車本体が安くなっても、道路をはじめとするインフラ整備のコストや交通事故の補償コストや、大気汚染対策コストを支払うのは消費者ですし、事故や健康被害や騒音被害などを被らねばならないのも消費者です。

 大規模農業や大規模畜産、大規模養魚、食材の大量生産によってコストは下げられるかもしれませんが、それらは大規模であるゆえに細菌汚染や病原体汚染などのおそれから逃れることはできないし、ホルモン剤、抗生物質の大量投与は不可欠となります。

 遺伝子操作によって何が起きるか、まだはっきりした結論はでていませんが、病原体に抗生物質耐性を促進する可能性があるという指摘はあります。
 しかし、今の社会はリスクを検証するより、会社の利益があがることを優先しています。

 誰もそれに気づかないうちに、いつの間にか、壮大な人体実験時代に入っているのです。

 そんな実験に参加するのはごめんこうむりたいですが、それは無理なので、せめて人の手で作った食べ物を食べながら残りの人生を楽しみたいと思っています。

(ISBN4-259-54595-7 C0036 \1600E 2001,7 家の光協会 2005,8,5 読了)