藤田紘一郎『新版 謎の感染症が人類を襲う』

 現代文明が、人間をどういうところに連れていこうとしているのかを示した本。
 事実と論理に基づいて現代文明を論じているので、とても説得力があります。

 著者によると、人間による利便性の追求・快適さの追求が、微生物と人間を含む動物とのあいだに保たれてきたバランスを崩しつつあります。

 人間は今、地球規模で日々、生態系を破壊しているわけですが、破壊活動の根っこにあるのはは、あくなき利益追求という、経済的な動機です。
 近代社会成立期以降、モラルやルールに反する経済活動が指弾されることがあったにせよ、利益追求は善であるという理念は、一貫して不動のものでした。

 個人による自由な経済活動が可能となる社会が、近代でした。
 人類的な規模にすればじつに巨大な、利益追求という個々人のマインドが、近代社会を作り出したエネルギーでした。

 「個なるものの価値」は、近代がもたらした思想上の、偉大な到達です。
 が、それも、近代社会の実現によってもたらされた副産物にすぎないといえるかもしれません。

 しかし、利益追求が善であるとか、自由な経済活動が進歩をもたらすというような言説は、ほんとうは大嘘なのかもしれません。
 それらが真であるならば、なぜ、世界の5分の4が飢えるというようなことが起きるのか。

 これらを根本的に考え直す、新しい哲学が必要です。
 マルクス主義は、モラルに反しない利益追求が善であるという立場に立っているので、この問題を解くことはできません。
 経済学の基礎の上に立つ哲学でなく、生態学を土台とする哲学が望まれます。

 SARSの流行は記憶に新しいところですが、人間がいまの生活を続けていけば、感染症の面からも人類の自滅は、不可避のように思われます。

(ISBN4-569-61734-4 C0240 \660E 2001,11 PHP新書 2003,6,13 読了)