永田賢之助『秋田 山菜の山 きのこの森』

 都会に住む人から見れば、秩父に住んでいるなんて、ずいぶん自然が豊かでいいね、といわれますが、秋田の自然は、ずっとすばらしいように思います。


 山には、里山と深山と、その中間の山とがあると思います。
 里山は、盆地や平野の周縁部に位置する、標高数百メートル以下の低山。
 昔から、薪炭林などの形で、人びとの生活とわかちがたく結びついてきた裏山です。落葉樹林ではありますが、自然林とはいいがたい側面のある林ですが、自然豊かな林です。
 こういうところは、全国的にスギ・ヒノキの大植林地帯と化しています。たぶん、それは秋田あたりでもかわらないと思います。
 その上、標高千メートル前後から針葉樹林帯の下までは、東北の場合、かつてはブナの王国といっていい、すばらしい極相林がどこまでも続いていたはずです。 埼玉県には、こうした原生林は、もはやほとんど残っていません。
 秋田には、まだそういう山がいくらか残っているようです。そこが、著者のいう「山菜の山 きのこの森」なのです。
 いまの私には、それをうらやましく思うより、そういう森を残すために闘わないと、みんな伐られてしまう、という危機感の方が強いです。

 でも、著者のキノコ談義には、ついつい引き込まれてしまいます。
 マイタケのいろいろな種類や発生についての法則。
 マツタケとりのドキュメント。
 ナメコやナラタケをめぐる思い出など。
 マツタケといえば、こないだ、滋賀県の低山ハイクに行きました。
 このあたりは、マツタケ山になっているので、秋にハイカーから通行料を徴収したり、ハイカーが立ち入らないよう、林にテープで柵をしてあったりします。
 何もそこまでしなくても、と思ってしまいます。
 マツタケが高く売れることが、山をつまんなくさせてしまっているのですね。
 それなら、マツタケなんてほしくない、と、こころにもない強がりを言ってみたくもなります。(^_^;)

(無明舎出版 1981,4刊 1200円 1997,1読了)