宇江敏勝『森のめぐみ-熊野の四季を生きる-』

 熊野とは、どこにあって、どういう山のあるところなのだろう。
 そんな気持ちで、読み始めました。

 地図で見ると、和歌山県深南部。
 近畿地方の南側の屋根というべき位置にありました。

 標高1000メートル内外の山波の中に、深い渓谷が複雑にくい込んでいるのがわかります。

 樹相は、西日本を代表する照葉樹林、落葉広葉樹林、モミ・ツガ林、そしてブナ林が連続してあらわれるとのこと。
 なんと多様な森でしょう。

 ここの山襞のそこここに、かつては、著者自身が育ってきた山の村があり、山の暮らしがあったのです。

 木やけものや魚など、失われつつある森の恵み。
 多様だった森は、ほとんど植林化されてしまったのです。

 失われた村とともに消えて生きつつある山の仕事ぶりや暮らしや精神世界。

 著者は、あくまでもおだやかに、淡々とそれを記述しています。
 山の暮らしはまず、記録されねばならないと思います。
 そうしなければ、受け継ぐこともできません。

 そしてそれは、「語り」に依存して記録されねばなりません。
 「文献」に残された歴史など、かつて存在したものの、ほんのかけらに過ぎないのですね。

(ISBN4-00-430553-2 C0295 P620E 1994,9刊 岩波新書 1998,8,20読了)