神社仏閣

田んぼの水入れ

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廻国千人施宿供養塔


廻国三千人施宿供養塔

 終日、農作業。
 まずは、小麦の脱穀。
 明日から雨予報なので、これはやっておかねばならない。

 大麦の精製。
 精麦まではできないが、殻はずしまではやっておく。

 畑でジャガイモ掘り。
 十勝こがねとシェリーをいくらか掘ったが、シェリーはあまりよくない。

 麦類あとを耕して、豆類種まきの準備。
 ジャンボニンニクの収穫。

 ジャンボニンニクを掘ると、キゴが大量にとれる。
 キゴを植えておくくと、一年後に種芋になる。
 これは、コンニャクの生育サイクルと同じだ。

 ジャンボニンニクを掘りながら、ニンニクキゴの植えつけ準備。
 ニンニクを掘ったあと、すぐにキゴの植えつけ。
 ラッキョウの植えつけ準備。

 田んぼの水が抜けてしまったので、水入れ。
 モグラか、オケラが田んぼに穴をあけまくっているようだ。
 水を入れると、オケラがたくさん出てくるので、オケラの仕業である可能性が高いが、田んぼの水が抜けていて、稲苗が枯れそうになっていた。

 ここまで、梅雨前線は存在したが、当地に影響のない南方に停滞していた。
 前線が列島に接近して、梅雨らしい雨続きになるのは、明日からだ。

 写真は、三峯神社表参道・薬師堂あとに建てられている施宿供養塔。
 「施宿」を受けたのは、一般の参詣者か。
 「施宿」というからには、無料だったようにも見えるが、実際にはどうだったのだろうか。

天満天神宮界隈

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アズマイチゲ


アズマイチゲ


天満宮の千本カツラ


天満天神宮


天満天神宮の彫刻

 日は伸びたが、畑で過ごすことのできる時間は思うほど確保できない。
 出勤前・退勤後の数分間で、フリントコーンの小苗を植えつけて、ジャガイモの芽を掻く。
 ゴールデンウィークは農作業三昧になりそうだ。

 パソコンの復旧とともにサイトの復旧も図っている。
 先月以来の山行記は少しずつアップしつつあるのだが、ルート地図がうまく表示されてくれない。

 写真は、3月末の秩父・金沢廃道歩きの風景。

トヤの頭

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子を抱く狛犬


 先日、広神村の鳥屋ヶ峰に登ったのだが、すぐ近くの湯之谷村にトヤの頭というピークもある。
 ちなみに、秩父地方には登谷山があり、群馬県南牧村にはとや山、会津に鳥屋山、道志に鶴ヶ鳥屋山がある。
 これらに共通しているのは、いずれも同じような里山だということだろう。

 雪溶けがずいぶん進み、稜線はほぼ夏道が出ていた。
 カタクリ・イワウチワなどが咲き乱れ、佐梨川には雪シロが入って、堂々たる流れになっていた。

 下山後、登山口近くの赤城神社にお参りしたら、大きなカツラ(だと思う)と変わった狛犬が目を引いた。
 この狛犬は、子どもを抱いている。
 奉納者あるいは氏子の方々の、思いが込められている。

道迷い山行

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金精宮


 この時期の恒例となった、武州日野駅・・天宮尾根・・品刕山地・・大日峠・・小鹿野町への低山縦走に行ってきた。
 「道迷い山行」と題する地図読み練習である。
 いつものとおり、ルートは、こちら(マウスホイールで拡大・縮小可)。

 昨夜降った風花が多少積もっていたが、気温はここ数日よりは暖かく、風もなかった。
 さらに雲もほとんどないという好天で、多少のミスはあったものの、いい読図山行ができた。

 写真は、下山地に祀られていた金精宮。

砂岩の神秘

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お船岩下の石窟


お堂

 まこま菜・新芯菜・ホウレンソウ(次郎丸)の種まき。
 種まきと言っても、畝を立て、マルチと防草シートを敷き、種をまいてふるった土をかけ、弓を刺してビニールをかけるから、そこそこ手間がかかる。

 大根(たたら辛味)あとを片づけて耕耘。
 除草少々。
 ジャンボニンニクに追肥。

 写真は、お船岩下の石窟と札所32番観音院裏のお堂。
 いずれも砂岩の岩だが、風蝕によりえぐられて、石窟化している。

 このあたりは太古に海岸だったところらしく、この岩は、海流により運ばれた砂が堆積してできたという。
 すぐ近くで、パレオパラドキシアという海獣の化石も出土している。

 そのような知識には無縁だった江戸時代の人々にとって、このような地形は神秘的に見えただろう。
 人智で計り知れない、自然の不可思議に、思わず合掌したくなるのも、無理はない。

鷲峰山金胎寺

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迎え役行者


金胎寺多宝塔


金胎寺行者堂

 朝から集落の新年会。
 例年のことだが、またまた荷の重い役を仰せつかってしまった。

 ホームページの手入れ。

 大豆いじり終了。
 思った通り、今年は3升くらいしかとれなかった。

 大麦の跡地に肥料を入れずに種まきしたのだが、昨年2月、大麦に少々追肥したのがいけなかったのかもしれない。
 農作業は、うまくいくこともあれば、いかないこともある。
 そこから法則のようなものを導き出すことができないわけではないが、種々の要因が同一でなければ法則は妥当でなくなる。
 だから、法則などほとんどないと考えたほうがよい。

 あまりにも貧果だったので、品種を変えたい気持ちが起きている。
 赤大豆を10年作ったので、そろそろ変えてもいいかもしれない。

 写真は、鷲峰山金胎寺の周辺。
 金胎寺の「行場」には役行者の石像が二体あり、いずれも二本歯の高下駄をはいておられる。
 二本歯の下駄では山を歩きづらいように思うのだが、どうなのだろうか。

耕して天に至る

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耕して天に至るお茶畑


 広隆寺と妙心寺を観光。

 広隆寺は主要な諸仏が宝物殿に集められているので、拝観するのに効率的すぎるくらいだった。
 諸仏に関する解説はほぼ無用だが、寺の縁起について聖徳太子との関連を強調している一方、秦氏とはどのような人々だったかについて、あまり述べられていなかった。

 妙心寺は広大すぎて、法堂以外は、ほとんど見ることができなかった。
 見残したところはまたいつか。

 読書ノートに『和算家の旅日記』を追加。

 写真は、昨日歩いた和束町のお茶畑。

奥武蔵の修験遺跡

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前鬼


後鬼

 若い人たちと、黒山三滝から役行者を経て、顔振峠からスカリ山を歩いてきた。

 山歩きは、山の自然・山の文化・山の暮らしなど、日本列島の大部分を占める山岳地帯の過去と現在を見聞する行為だと思う。
 一秒でも早く山を駆け抜けることを競うレースが存在してもけっこうだが、山を味わうこととは別次元の遊びだと思っている。

 若者たちが、役行者像を見て、何かを感じてくれればそれでよい。
 何を感じてくれてもよい。

 この列島に、奈良時代ごろからそんな信仰があり、ひたすら修行に励む人々がいたということ。
 これらの石像を刻み、背に負って山を登り、モニュメントとしてのこうした空間を作り出すことに心血を注いだ人々がいたということ。

 そんな知識が、人生の何処かで意味を持つ日があるかもしれない。

 今日気づいたのだが、前鬼(夫に比定される)のは角(つの)がないのだが、後鬼(妻に比定される)には立派な角が生えているのである。
 このことに深い意味があるのだろうか。

蔵王権現と修験の秘宝

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役行者


 鎮守の祭礼の手伝いは、午前中で終わった。
 天気もよかったので、農作業とも思ったのだが、思い立って、東京・日本橋へ蔵王権現と修験の秘宝展を見に行ってきた。

 これだけ数多くの蔵王権現像を一度に拝観する機会は、まずないだろう。
 公開の終わってしまった如意輪寺の蔵王権現像を見ることができなかったのは、いささか残念ではあったが。

 吉野の修験関係文化財とともに、鳥取県の三佛寺の仏像・神像が展示されていたのも、ありがたかった。
 作品としてはいささか野暮ったい印象を拭えないとはいえ、修験道が、列島のさまざまな山岳地帯で黙々と営まれ続けてきたことがわかる、いい展示で、修験について、もっと考えたいという知的刺激を大いに受けてくることができた。

 写真は、越生町黒山の山中に安置されている役行者石像(2009年12月撮影)。

霊山寺と松尾寺

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霊山寺本堂


霊山寺の庭


松尾寺三重塔


 奈良でお寺めぐりをしてきた。

 最初は奈良市富雄の霊山(りょうせん)寺。
 しっとりした美しい庭園を持つ古寺である。
 境内を掃いておられた女性が、本堂の諸仏について親切に教えてくださった。

 その後、郡山の松尾寺に行った。
 こちらは低山の中腹に建てられた密教寺院で、修験道とも関わりがあるらしい。

 いずれのお寺にも行者堂があり、役行者を祀っている。

 その後、県立民俗博物館と奈良国立博物館で、ぼう大な文化財を見学。
 この二つのミュージアムに展示されていたのは、かたや国宝・重文級、かたや庶民の生活用具と対照的だったが、いずれも興味深く、知的刺激を受けるものばかりだった。

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