つわものどもの

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小谷城の石垣

 湖北の小谷城址を歩いてきた。
 いうまでもなく、浅井長政の居城だ、

 戦国期の典型的な山城だが、支城でなく本城だから、規模が桁外れだ。
 緻密に設計された、壮大な規模の軍事要塞である。

 数千人の家臣団・軍兵が立てこもれば、落とすのは困難だっただろうが、浅井に対する怒りに燃える織田信長はあの手この手の調略と緻密な戦略で小谷城を圧倒した。

 大手口から本丸に向かって歩いたのだが、曲輪や空堀が連続して、ここを攻略するのはいかにも困難だと思いながら登った。

 小谷城は湖北に建造された戦艦大和のような存在だった。
 信長は、城下一帯を徹底的に破壊し、焼き尽くした。
 孤立した要塞は、持久戦に持ちこたえられない。
 浅井の戦いは、絶望的だった。

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2017年8月

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