見渡す限りのコマクサ群落
−岩手山縦走−

【年月日】

1996年8月4〜5日
【同行者】 2人
【タイム】

8/4 松川温泉(1:56)−三ツ石山荘(3:54)
8/5 三ツ石山荘(4:30)−大松倉山(5:30)−切通し(8:38)
  −お花畑(9:30)−不動平(11:10)−岩手山(12:30)
  −平笠不動小屋(1:20)−焼走りバス停(3:40)

【地形図】 松川温泉、大更

ガスの三ツ石湿原
コマクサ

一日目(焼走り〜三ツ石山荘)

 西根インターを出てまずは焼走り登山口に向かう。観光客の自動車がたくさんとまっている駐車場に着いたのは十時半過ぎだった。天気は曇り。岩手山はガスのため見えない。

 自動車をここにデポし、こんどは自転車に乗り換えて松川温泉に向かう。
 今回の岩手山は三ツ石山荘から登るというコースを考えていたからだ。
 できれば湿原のほとりの静かな無人小屋に泊まってピークをめざすというスタイルで岩手山にも登りたい。そうするとやはり初日に三ツ石山荘に入っておく必要があった。

 焼走りから松川温泉に行く近道はアカマツ林の中の未舗装の林道だ。傾斜はさほどないが、MTBのタイヤが地面をきっちりグリップしてくれないとけっこうきつい。走りはじめてほどなく、同行者がリタイア。もう帰ると言いだした。
 そうなるとすべてがおじゃんになってしまうので、しかたなくいっしょに自転車を押し歩く。

 ほんとうは松川温泉から大深山に登って三ツ石山へ縦走したかったのだが、こいつはあきらめるしかなくなった。
 林道から舗装道路に出てしばらくは走行できるが、松川への連続カーブでふたたびブレーキ。自転車押し歩きの山旅となる。
 おまけに松川手前で雨が降りだし、いきなりの本降り。泣きっ面に蜂とはこのことだ。

 ようやく松川温泉にたどり着いたころには、雨具の中と外からの濡れで意気消沈だったが、今日はともかく泊まり場まで行くだけだと思って、三ツ石山荘に直接登る道を歩きだした。
 はじめは伐採あとの二次林。かなり急な登りがしばらく続くと、ブナ・ミズナラの自然林となる。なかなかりっぱなミズナラが一本、登山道わきにあった。

 やがて傾斜はゆるくなるが、ここからが長い。
 あたりはダケカンバのまじったオオシラビソの樹林帯となり、サンカヨウの実やクルマユリ、モミジカラマツなどを見ながら歩いていく。
 雨はやや小降りになったが、平坦な登山道のぬかるみがひどい。オオシラビソの立ち枯れに大きなマスタケが何枚も出ているのを見つけたが、すでに堅くなっていそうだったので手は出さなかった。

 雨があがりかけるとともにウグイス、ルリビタキ、クロジ、メボソムシクイなどのさえずりも聞こえるようになった。
 何本かのクボを渡っていくと、ガスの中に三ツ石山荘の屋根が浮かんでいるのが見え、とりあえずほっとした。

 小屋にはとりあえずわれわれだけだったが、まずは水探し。
 滝ノ上の方に少し行ったところにあるここの水場は、細いながらも冷たいわき水が間断なく出ていた。
 食事のだんどりができたところでビールで乾杯。ひそかにザックに入れてきたものなので、同行者が喜んだ。

 やがて二人の単独のハイカーが到着したが、腹がくちくなると一気に眠くなり、明るい間に寝てしまった。

二日目(三ツ石山荘〜岩手山)

平笠不動から岩手山
コマクサ

 翌朝は四時半に小屋を出た。あたりはもうずいぶん明るいが、ガスも濃い。でも、霧の湿原もよいものだ。ニッコウキスゲ、コバギボウシ、イワショウブ、オトギリソウ、イワイチョウ、トンボソウ、トウゲブキ、キンコウカ、エゾシオガマなどが咲いている。サワギキョウはまだのようだ。

 歩き始めてすぐに右への分岐。
 こちらの方がよく踏まれていたし、荷造りテープもさげてあったので、思わず引き込まれてしまったが、これはあやしい道だった。当面の目的地である大松倉山へは東へ尾根を登っていかなければならないのだが、この道は南へ下っていく。やがて不審な測量器具やピンクテープや重機で立木をへし折ったところが出てきたかと思うと、前方かなたにすばらしいブナの原生林とおぞましい林道ののり面が見えた。

 天上の楽園三ツ石湿原直下に林道?
 とても信じられない話だが事実だ。帰宅後『ブナが危ない−東北各地からの報告』(無明舎)をひもといてみると、「B奥地産業開発道路(実質は観光道路)建設に伴うオオシラビソ林、ブナ林の伐採、三ツ石湿原直下のトンネル工事、C大松倉沢周辺での南岩手山林道建設とブナ林伐採が進行しつつある」とあるではないか。

 きれいに刈り払いがされているだけに、正しい登山道よりりっぱなこの踏みあとを戻り、大松倉山への道を登る。見通しのきかない道をしばしで森林限界を越えて稜線に出る。

 ここはなかなか爽快なところで、前後左右の展望が豪快だ。
 後ろの三ツ石山から小畚岳にかけての稜線に朝の光があたりはじめ、わずか残った残雪が光っている。足元はミネカエデ、ホツツジ、オオカメノキ、ハイマツ、ナナカマドなどの低木の中にハクサンフウロ、クルマユリ、アザミ、タカネトウウチソウ、トウゲブキ、アキノキリンソウなどが咲いている。ここでノギランが咲いているのをはじめて見た。

 陽は真正面から射してくるので、進行方向からすれば逆光だ。灌木やササについた水滴が陽光を一斉に反射すると、あたり一帯に光が満ちてくる。雨上がりの山が輝く一瞬だ。
 ほどなく大松倉山。ルートミスをしたために三十分のロスタイム。ここで予定外の小休止。犬倉山にかけての尾根にひとすじの踏みあとが続いているのが見える。

 ここから犬倉分岐までは主としてネマガリタケの下生えのオオシラビソ林だ。ぬかるみが多くて歩きにくいが、クルマユリやヨツバヒヨドリが時に目を慰めてくれる。

 先が長いので犬倉山はエスケープ。巻き道を行った。しばらく平坦なところを行くと水場の表示のある広場。三ツ石のいい水がたっぷりあるので、水の補給は必要ないが、ここで二度目の休みを入れた。コマドリのさえずりが一段と冴えている。

 ここから姥倉山へは長い登りだが、傾斜した木道みちが続くので歩きやすい。木道が切れるころにはふたたび森林限界を越え、お花畑となる。
 ヨツバシオガマ、オトギリソウ、ヤマハハコ、コバギボウシ、ネバリノギランなどが咲いている。オオバキスミレはおおむね花のあとの実だが、いくつか咲き残りもある。マルバシモツケのめだたない花もそこここに見られた。

 稜線上の姥倉分岐からしばらくもすばらしいところだ。さえぎるもののない尾根上は風衝草原のお花畑で、アキノキリンソウやタカネトウウチソウ、コバギボウシなどが大群落を作っている。しばらくは花を見ながらの稜線漫歩だ。

 少し下って樹林帯にはいると黒倉山の分岐だ。好展望の黒倉山だが、ガスが巻いてきたのでここはパス。そのすぐ先が切通しで、岩稜の鬼ヶ城コースとお花畑コースとの選択を迫られる。

 そろそろ犬倉山の登山リフトが動き出したものか、ゆっくり歩きのわれわれに追いついてくる人も出てきた。ガスで展望もないからお花畑にしようかなどと思案していたら、携帯ラジオのボリュームを全開にした男性が来て、やはりどっちにするかと独り言を言いながら考えはじめた。

 私が「鬼ヶ城の方が楽だよ」といってやると、ボリューム全開男は「よおし。鬼ヶ城に決めた」といって尾根を直進していったので、われわれは静かにお花畑コースに向かった。

 ここはいったん大きく下るのだが、地獄谷の荒涼とした光景とともに、美しい花もたくさん咲いていた。ここでは咲き残りのアカモノの花やウラジロヨウラク、ハクサンシャクナゲ、イソツツジなどが咲いていた。ガンコウランもあったし、クロマメノキは早くも甘酸っぱい実をつけていた。

 地獄谷のほとりをしばらく歩き、樹林を抜けると八ツ目湿原だ。各種の花が今を盛りと咲いている。ここはトウゲブキがとくに多く、とてもみごとだ。チングルマはすべて綿毛になっていたが、半月前に来ていれば湿原はまっ白だっただろう。
 美しく静かなところだが、木道の両脇は登山者による踏みつけで裸地化し、火山灰土が露出していて痛々しい。新しい木道の材料であろうか、大量の丸太が積んであった。

 しばらくここで休んで、ここからの急登に備え、この日いちばんの登りにかかる。ズダヤクシュや黒っぽいエンレイソウなどを見ながら、しだいに傾斜を増す道を行く。枯れ木をアカゲラが飛び歩いているのが見えた。かなり上部でダケカンバの根元に食べごろのヤマイグチを発見。このキノコは数十分後にわれわれの胃におさまった。

 ハイマツやミヤマハンノキが出てくると足元にはコケモモが多くなる。シラネニンジン、ミヤマキンバイ、キバナノコマノツメ、イワキキョウなどがあらわれ、右上に鬼ヶ城の岩稜が迫ってくると傾斜がゆるみ、ハイカーが憩う不動平に登り着いた。

 きびしい登りの末にたどり着いたのだが、不動平も花の多いところだった。ヤマオダマキ、ダイモンジソウ、イワキキョウ、ミネウスユキソウ、オヤマソバなどが可愛らしい。

 風が強く、寒いので石積み作りの避難小屋で食事。さっきとったヤマイグチを入れたうどんだが、このキノコはとても味が良かった。
 元気を取り戻していよいよこの山行のハイライト、岩手山への登りだ。下部はヨツバシオガマ、ミヤマハンショウズルが多く、いずれも美しく咲いていた。ベニバナイチヤクソウもいくつか見られた。

 火口のへりから先はガレ・ザレの中にコマクサ、イワブクロ、オヤマソバの大群落がいつまでも続く。ここではなんといっても、斜面をピンクに染めるほどのコマクサの花はすばらしかった。

 長い登りだが、花に見とれながら登るのでちっとも苦にならない。しかし、ようやく着いた岩手山の山頂がガスっていたのはちょっと残念だった。
 しばらく待ったが、視界はないままなので下山にかかる。山頂下で平笠不動方面へ入る。イワキキョウの多いザレをひと下りで平笠不動避難小屋。このあたりはとてもよく晴れていて、山頂のガスもだんだんとれつつあるようだった。

 平笠からしばらくはトラバース気味の下り。三十分ほどでツルハシという地点。この先は山頂からずっと続くガレの大斜面なのだが、ここは見渡す限り一面のコマクサ畑で、ここも満開だった。こんな大きなコマクサ群落は見たことがない。

 そこを過ぎ、クサボタンの花が多くなると、あとは見晴らしのない樹林帯の中をひたすら下るだけだった。ミズナラの壮年林もあったのだが、見るべきキノコも見つからず、右手に溶岩流が見え出すとまもなく焼走り登山口に着いた。