熊倉山〜酉谷山〜一杯水 |
【年月日】 | 1990年1月14〜15日 |
【同行者】 | 単独 |
【タイム】 |
1/14 熊倉山寺沢登山口(7:30)−官舎(8:45) |
【地形図】 | 武蔵日原、雲取山、秩父、三峰 |
一九九○年の初山行。
寺沢の熊倉登山口から、凍った土の上を歩きだす。
三ツ又で仁田沢の水をコップにくんで飲む。
官舎は、以前より一段と荒れた感じ。
笹平でまた小休止。
熊倉山まで重荷で、3時間かかった。
雲取の方向が高曇りしていて、黒っぽいいやな雲も湧いていた。 一つ目から三つ目までは、展望はないがアセビやツツジ類の潅木があり、「山」と書いた境界標などもあってなかなか感じのよいところ。
その展望が一転して広がるのが第4ピーク上の露岩の上だ。 浅間山から両神山、大血川の谷を隔てて雲取から奥秩父が見え、滝谷ノ峰から伸びる稜線上のピークはこれから登る酉谷山である。
五つ目と六つ目のピークは展望なし。 雑木、ブナ、ダケカンバなどの木々のむこうに秩父らしき町並みが見え隠れしていた。
このあたり傾斜はゆるく登下降するが、スズタケが全く背丈を没する状態のため、周囲はまったく見えず、雪の消え残った踏み跡をかろうじてたどる。
太陽寺入口との分岐点は切り払われた小さな空間で、壁の中のようなところを歩いて来た身にとってはほっとする場所。 小黒ピークの直下はピークに直登せず、右に見える酉谷本峰との鞍部に向かってトラバース。
ちゃんとした道ではなく、荒れた滑りやすいところであるうえ、スズタケがかぶさっていて、かなり苦労する。 酉谷山に登りついたのは、2時前だった。
樹林越しに石尾根が望まれるくらいで、展望はないが、静かで落ち着いた山頂だった。 しかし、一杯水まで三時間弱だとすると、日が暮れてしまう恐れがあるあまりゆっくりできなかった。
天目山(日向谷ノ頭)との鞍部からスズタケを分けて稜線の南面に下ると水源林道。 水源林道には積雪がなく、道もほとんど平坦で、スズタケもしっかり刈り払ってあり、とても歩きやすい。
天目山と坊主山の鞍部に、牛首から矢岳へ向かう分岐の表示があった。
次のピークを巻いたあたりから七跳山にかけては、ゆるいながらも長い登り。
ここから右に下ると小川谷に下り、左に登っていくと七跳山をへて大平山、そして細久保集落に向かうはずだ。
次の大栗ノ頭を巻き、再び稜線へ出ると、北側に大平山が見える。
七跳との鞍部の大クビレには、天目山林道が走っているのが見える。
次のピークはハネドの双耳峰。
ハネドのあたりで、「巡視道」と書いた指導標。
小屋の中は満員(といっても全部で九人)だった。
ストーブがガンガン炊かれていたので暑いくらいで、快適だった。
ところが、あとからやってきた学生らしい一行が小屋のすぐ外でテントを張り、大騒ぎを始めた。
学生はどこでもやかましい。 二日目(一杯水から仙元峠、大日堂)
明け方になるとさすがに空気は冷たくなったが、シュラフをすっぽりかぶると寒くはなかった。
外はカラマツ林の中だが、朝焼けが美しい。
食事をすませ、軽アイゼンをはいて三ツドッケに向かう。 第一ピークはかなり急登だが、第二ピークのはっきりしない岩稜をこえると、三角点ピークは一投足だった。
三角点ピークからの展望はこの山行随一のすばらしいものであった。
石尾根のむこうには、富士山の巨体が浮かんでおり、御前山、大岳山などのはるかかなたには丹沢山塊がひしめいている。
避難小屋に戻り、パッキングをし直して、仙元峠に向かう。
ここは「仙元峠」ではなく「仙元ドッケ」だ。 |