5日目
イザルヶ岳の黎明
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鞍部から見上げる茶臼岳
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案の定、寒い夜だった。
この日は、下山するつもりだったので、3時過ぎに起床し、トイレに行ってみたら、暗がりの中で、3人の宿泊客が、順番待ちをしていた。
この時間に、こんな状態になるとは、驚いた。
おれは、寝るときからずっとレインウェアを着ているからまだましだが、ふとんから抜け出してきたままの格好の人たちにとって、屋外でじっと立ちつくしているのは、かなりつらかったのではなかろうか。
少々ガスがかかってはいるが、まずまず晴れており、頭上に、カシオペアが、輝いていた。
ぼんやり空を見ていると、流れ星が一つ、流れた。
前夜のうちに炊いておいたご飯をかき込み、急いでテントを撤収して、テント場をあとにしたのは、4時半。
天気がよいので、イザルヶ岳でのご来光を、期待したのだ。
イザルヶ岳は、稜線のすぐそばのピークだが、光岳本峰よりはずっと、風情のよいところだ。
風雪のせいだろう、盆栽のように曲がりくねったダケカンバが、何本も生えていて、それだけでも、鑑賞価値がある。
ピークは火山のようにざくざくしており、展望は、360度。
日の出は、白根南嶺の一角からだが、富士山も、東南東の方向である。
低いところに雲が残っており、すっきりしたご来光を見ることはできなかったが、雲間から射し込む朝の光を、ひさびさに、拝むことができた。
前日歩いた道を、この日は、戻る。
ひどく早い時間に、ほぼ空身で、光岳に向かって歩いてくるハイカーが数パーティ。
この人たちは、どこで泊まったのだろう。
易老渡や茶臼小屋からでは、この時間に光に到達することは、まず不可能なのに。
疑問は、易老岳に登り着いて、氷解した。
易老岳の三角点周辺のスペースが、テント場と化していたのだ。
どうりで、ゴミが多いと思った。
ちょっと見ただけではわからないように、木のウロに、買い物袋に入れたゴミを、つっこんであったりもする。
この人たちは、トイレは、どうしたのだろう。
苔むした自然林だからといって、うかつに踏み込んだら、靴の裏がきっと、悲惨なことになったことだろう。
仁田山分岐の先のハイマツ帯で、北側の展望が広がった。
兎岳、聖岳、上河内岳、茶臼岳が、並んでいた。
じつに、すばらしい山々だった。
仁田池から、この日は、茶臼岳へ直進した。
ハイマツとガンコウランにおおわれた、気持ちのよいところをひと登りで、岩塊積み重なる、茶臼岳。
ここも、よい頂(いただき)だった。
茶臼の山頂には、鮮やかなピンクのタカネバラが、数株、みごとに咲いていた。
ガスってはいたが、北よりの風だったので、雨の可能性は、低い。
涼しい風に吹かれながら、下界の暑さを思うと、なかなか、去りがたかった。
ゆっくり下って、茶臼小屋。
ここで、この日二度目の昼食。
もう、食べのばす必要がないので、ザックの中の麺類を、どんどんたいらげた。
ここも、お花畑で、カイタカラコウ、クルマユリ、マルバダケブキ、ミヤマキンポウゲ、ハクサンフウロ、ミヤマコウゾリナ、ギョウジャニンニク、タカネグンナイフウロなどが、さかんに咲いていた。
茶臼小屋から下は、ずっと樹林帯。
はじめは、ダケカンバ混じりのシラビソ林だが、標高を下げると、若い二次林となる。
横窪沢まで下ると、渓音がなつかしい。
きのこは、ベニテングタケ、テングタケ、ヤマイグチ、チャヒラタケ、ヒカゲウラベニタケ、カワリハツなどを見た。
さすがに長い下りだったが、午後1時には、東海パルプのバスが通る道路に、でることができた。
ダムサイトの駐車場には、入山した日は、おれのも入れて、2台しかなかったが、飛び石連休になる金曜日とあって、ざっと200〜300台の自動車が、ダムサイトや路上のそこここに、停まっていた。