雨は夜半にやんだが、思ったより寒い夜だった。
朝の炊事がもたつくとその日の行動に支障をきたしかねないのだが、この朝もたいへんスムーズに動くことができた。
炊事がおおかた終わった後、隣のテントにいた男性がわがパーティの若者に「まだ寝ている人がいるのだから無言で行動せよ」と叱責した。
一般的な話として、朝晩のテント場では静粛にすべきである。
また、無意識のうちに周囲の登山者に対する配慮の欠ける行動がありがちなのも確かなので、当然のことながらじゅうぶん心して行動するべきだ。
そして、こちらに配慮に欠けた行動があったことも、認めなければならない。
しかし、文句をつけてきた人が前夜ずいぶん騒がしくしていたパーティのメンバーだったのも事実だ。
そして、早立ちを一般的原則とするテント場で朝3時半に行動を開始しているのは、特異なことではない。
どちらにしてもほめられたことではないが、夜に騒ぐほうが罪は重い。
彼の指摘は一般論としては正しいのだが、前夜の自分たちの騒ぎを棚に上げて偉そうにいう資格はないだろう。
いずれにせよ、今後は襟を正していきたいものだ。
濃いガスに包まれてはいたものの、雨は小止みだったので、赤岳に向かうこととし、4時に出発。
最初はシラビソの若い樹林帯。
ここにも凍った残雪があり、転倒に注意しなければならない。
小雨が降ったりやんだりの天候だったが、メボソムシクイとルリビタキはずっとさえずっていた。
傾斜が出てくると鎖やはしごを交えた登りになるが、案じたほどのことはなく、全員が順調に登高していった。
登り始めて約1時間で主稜の上。
すぐ先が赤岳石室だが「天望荘」と名前が変わっていた。
赤岳へは鎖のかかった岩稜をしばし急登する。
要所に鎖があるのでここの登りも問題なく、すぐに赤岳山頂。
ここの絶景を見せてやりたかったが、ガスのため展望は皆無。
記念写真だけ撮って早々に文三郎道を下る。
岩がちながら夏道が出ているので、下りもほとんど問題なし。
この日はツクモグサが見られるかと一抹の期待もあったのだが、全く見あたらなかった。
どんどん高度を下げていくとあたりが明るくなって来、金網階段が続くあたりから行者小屋がはっきりと視認できた。
下部樹林帯では腐れ雪だったが、さほど苦労することもなくテント場に戻った。
撤収も最も早いテントで5分と、手際がまことによくなった。
帰りはもと来た道をのんびり下るだけだったが、予定していたよりもずいぶん早く美濃戸口に着いた。