深夜バスが土湯道の駅に着いてしばらくで、夜が明けた。
阿武隈台地から陽が昇ってくる。
この季節にここに来るのは五度目だが、いつになく穏やかな朝だった。
箕輪山や吾妻小富士も顔を出した。
こんな景色を見るのは初めてだった。
横向スキー場から歩き出すときに気になるのは、積雪量だ。
寡雪だとテントを用意しなければならないが、大雪ならばその必要がない。
はっきりした状況がわからなければやはり、テントを持って行くことになる。
これが、ザックの重さや容量をかなり圧迫するので、疑問の余地なく大雪だとありがたいのだが、なかなかそのようなわけにもいかない。
出発点周辺の積雪を観察したかぎりでは、例年並みの積雪のように思われたが、テントは持参することにした。
今回は、ワカンでなくスノーシューをはいて歩いた。
ワカンよりはるかに浮力は大きく、足がもぐらないのはよいが、接地面積が広いぶんややガニ股気味に歩く必要があり、ワカンのトレースはやや狭いと感じた。 道路からは、鬼面山・箕輪山だけでなく船明神山の一部まで見えており、過去に体験したことのない好天だった。
いつも小休止する三角点上部あたりでは、青空を背景に、若ブナについた霧氷が美しく輝いていた。
宿泊予定地の前には、吾妻連峰が穏やかなスカイラインを描いており、風もほとんどなかった。
ンデ棒をさしてみると、三メートルは優に超える積雪があったので、すぐに雪洞掘りにかかった。
六人パーティだったので、三人ずつにわかれた。
三人用雪洞なので、さほど大きなものを掘る必要はなかったが、できれば三人が並んで横になれるスペースは確保したかった。
表層はかなり柔らかく、不安の残る雪質だったが、ある程度掘り進むと、氷化した雪質になった。
三メートルほど奥へ掘り進むと、ブッシュが出てきたが、土が出てくることはなかったため、ノコギリで切れば、かなりのスペースを確保することができた。
一方、表層に近いところは、雪の層がかなり薄く、部分的に空が見えかけており、それ以上削ることはためらわれた。
時間はそれなりにかかったものの、今回の雪洞は、今まで作った中でもかなり出色の出来だったと思う。
炊事・食事と水作りを終えて、シュラフにもぐり込んだが、さほどひどい寒さは感じなかった。
この日はあくまで穏やかに暮れた。
翌日には気圧の谷が通過する予報だったが、夜になっても、風はあまり吹いていなかった。
夜中にトイレのため起きてみると、月が出ていて、福島市街地の夜景が望まれた。
ここから福島を見たのも初めてだった。
たぶん三時ごろに再び起きてみると、今度はガスっており、いくらか風も出ていた。
朝は六時に起きて炊事と出発準備を行った。
撤収がないので、七時半には出発できる体制が整った。
相変わらず風は弱く、薄曇りながら好天といえる天候だった。
泊まり場から尾根の北側のブナ林を抜けて土湯峠に出るのだが、人のトレースのない積雪のブナ林は、静寂な感じがして美しい。
団体行動でなければ、腰を据えてゆっくり写真でも撮りたいところだ。
強風の通り道である土湯峠では、さすがに風が吹いていたが、例年と比べればそよ風ほどだ。
全体がスローペースだったので、そこからの登りはとてもラクだった。
中腹の灌木には立派なエビのシッポがついており、山頂の道標は原型がわからないほどの氷だった。
いつもはとても休んでいられないほど寒い鬼面山だが、風も穏やかで、磐梯山・飯豊連峰・朝日連峰などの大展望が得られた。
しばらく休んだのち、下山にかかる。
雪洞まではすぐだった。
旅館に行くまでやや時間があったので、しばらく雪洞で休憩。
例年だとひどく寒いのだが、雪洞の中もずいぶん暖かかった。
雪が柔らかいので、雪洞壊しもラクだった。
この日は気圧の谷が通過する予報で、いくらか粉雪も舞い始めたが、本降りにはならなかった。
いつものことだが、相模屋旅館に着くと、危険地帯を抜けた実感が湧いて、ほっとする。
ここの温泉はたいへんよいお湯であるのだが、風呂の蛇口から熱いお湯が出ないのは、なんとかしておいてほしかった。
夜になると風雪が強くなってきて、激しい山鳴りが聞こえていたが、疲れも出てしっかり眠ることができた。
明け方近くには、山鳴りもいくらかおとなしくなってきたが、強い風が時おり拭きすぎており、反射板からの下りで烈風にさらされることが予想された。
とはいえ、天気そのものは悪くなく、青空もいくらかは見えていた。
尾根への登りは、例年よりかなりスローペースだったので、ずいぶんラクだった。
いつもこれくらいのペースで登ってほしいものだ。
吹きさらしの反射板で後続部隊を待つのはつらいものがあると思ったが、その先はパーティごとに下山してよいことになったので、助かった。
とはいえ、おそらく風速10メートル以上の地吹雪状態で、顔が痛いほどだった。
風は強くても晴れており、見通しはきいたから、ルートがわからなくなることがなかった。
樹林帯まで下ると、風もずいぶんおとなしくなった。
この日は、たった一時間ほどの行動だったが、冬山の厳しさがいくらか味わえてよかったと思う。
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