なぜ宝の山なのか
- 磐梯山・猫魔ヶ岳 -

  【年月日】 1992年8月7日
  【同行者】 単独
  【タイム】 八方台(4:50)−磐梯山(6:50)−八方台(8:41)−猫間ヶ岳(?)−八方台(10:23)
  【地形図】 磐梯山

磐梯山

大戸岳から

 歴史教育者協議会の大会とフィールドワークが終わってから磐梯ゴールドラインに入り、八方台の駐車場で幕営。

 昼間は暑かったがさすが1200メートルの標高とあって陽がかげるとずいぶん涼しくなる。
 マイカーの観光客がたくさんいたが暗くなるとみんなどこかへ行ってしまった。

 朝はトラツグミ、ホトトギスの声で目ざめた。
 八方台からしばらくは自動車が通れるくらいの道。
 あたりはブナとダケカンバだ。ダケカンバは大木だがブナは若木が多い。
 明るくなるとアカハラ、クロジなどがさえずりだす。

 硫黄の匂いが漂ってくると中ノ湯の青い屋根を見て、山道に入る。
 ゆるく下って小沢をわたり、裏磐梯からの道を合わせるといよいよ本格的な登りになる。

 道端にはヤマブキショウマ、ヤマハハコ、ホツツジ、ホタルブクロ、ヨツバヒヨドリなどのありふれた花が咲く。
 左手に火口原、そして吾妻連峰を望みながらの展望のよい登りだ。

 左山のトラバースルートになると、細かな登下降をくり返しながらしだいに高度をあげていく。
 カラマツソウ、オニシモツケ、ヤマブキショウマ、シシウドなどが多くなる。
 シシウドの花を見ると、山が早くも初秋にはいったことを感じる。

 お花畑・天狗岩方面への分岐があったので、寄り道。
 枯れたササを踏みながら少し行くととても気持ちのよい草原。ここがお花畑だ。
 花の数は決して多くはないが、タカネナデシコ、マルバシモツケ、シシウド、トウゲブキ、オニシモツケ、ヒメシャジン、アキノキリンソウなどが咲いていた。

 左手には天狗岩があってとても眺めがよい。
 磐梯山のピークはすぐ上だし、天気は相変わらず快晴だ。

 弘法清水小屋の前で一息いれる。宿泊はできない小屋だが、少し広くなったところにテントが一張り張ってあった。
 弘法清水はとても細いが冷たくて上等な清水だ。

 腰をおろしている間に山頂に薄いガスがかかりはじめた。
 急登して着いた石のごろごろしたところが頂上だった。

 まわりをさえぎるものはなにもないが、ここを登っている間にガスがかかり、展望は皆無となってしまった。
 ここのガレには、マジックや白ペンキで、たくさんの落書がしてある。こんな落書だらけの山は初めてだ。

 ゴミも多い。打ち上げ花火の大きな筒まで捨ててあった。
 ガスは当分晴れそうにないのであまりにも目に余るゴミをいくつか拾い、山頂を辞した。

 中ノ湯に入らなかったので、八方台には8時半すぎに戻ることができた。
 この日は夕方には出勤しなければならないのだが、まだ時間は十分ある。
 そこで、短時間で往復できる猫魔ヶ岳に登ることにした。

 猫魔ヶ岳へは終始ゆるやかな登りだ。
 磐梯山とちがって人の数もずっと少なく、好ましい。
 八方台には磐梯山に登る林間学校登山隊がバスをつらねて来ており、教師がハンドマイクを持ってどなりまくっていたのだ。

 こっちではアカハラやシジュウカラのさえずりしか聞こえない。
 クサハツが、この道にはたくさん出ていた。

 ここまで静かだったのに、猪苗代側の斜面でスキー場造成工事の音が聞こえてき、登山道のわきにスキー場造成関係者以外立入禁止という立て札までたっていたので、いっきに気分を害してしまった。

 ゆるく登り下りして行くと前方に猫魔ヶ岳が見えててき、クロジの鳴き声を聞きながら山頂へ。
 ここも展望のよい山で、少し先の三角点に行くと雄国沼が見える。

 展望がよいだけに、この山がスキー場の包囲網のなかにあるということがよくわかる。
 檜原湖との間の猫魔スキー場と現在造成中の猪苗代側のスキー場が眼下に迫っている。

 スキー場の造成というのもはゴルフ場とまったく同じで木を切り倒し、表土をはいでコースを作るのである。
 磐梯山は会津の人々の宝の山だというが、ここの人々は金と引き替えに心の宝を売ってしまったのであろう。